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仙台高等裁判所 昭和34年(ネ)506号 判決 1960年7月04日

控訴人 原告 江刺家こよ

訴訟代理人 相内禎介

被控訴人 被告 鈴木長作

訴訟代理人 浅石大和

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。本件を青森地方裁判所八戸支部に差戻す。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張は、次に記載する事項のほか、すべて原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

控訴代理人の主張、

一、本件の如く控訴人がその夫江刺家広に対し、離婚並びに財産分与請求の訴を提起し、その第一審判決において、右当事者間の離婚が認容せられ、財産分与として金銭の給付が命ぜられている以上、最早右財産分与請求権は金銭の支払を目的とする一般の債権となんら異るところはないから、右請求権が債権者代位権及び詐害行為取消権の被保全債権たりうることは論をまたない。

二、また法が財産分与の制度を設けたのは、単に配偶者の扶養の手段を与えようとする理由だけからではなく、配偶者に相続権を認めたのに対応し、離婚の当事者間の公平なる財産分与の意図もまたこれを包蔵するものと解すべきであるから、たとえ未だ具体的な債権の取得に至らなくても、既に分与請求の意思が表示された後の財産分与請求権は早晩調停又は協議の成立若くは協議に代る裁判所の判定を経て、一定の金銭又は財物の給付請求権の取得に至るべきものであるから、その性質は普通の財産権と化しているものというべきである。よつて、この点よりしても、右の財産分与請求権を被保全債権とする債権者代位権及び詐害行為取消権の行使は許されて然るべきである。

三、なお、離婚判決が確定しない以上、財産分与請求権が発生しないものとすれば、右請求権を被保全権利とする民事訴訟法上の保全処分もできないこととなるから、調停及び審判で財産分与の請求をなすときには仮の処分が認められるにかかわらず、訴訟で請求する場合には、全く財産を保全する途がないという不合理な結果となり、財産分与の制度はなかば有名無実に帰するとともに、離婚訴訟に附帯して慰藉料を請求した場合にはその保全行為をなしうるに反し、財産分与を申立てれば、これが保全をなし得ないという奇異な結果を招来することとなる。

四、被控訴人の当審における後記二の主張事実中、江刺家広が控訴人に対する離婚並びに財産分与請求事件の第一審判決当時、被控訴人主張の物件を所有していたことは認めるが、当時右広が旅館営業によつて被控訴人主張の如き多額の純益をあげていた事実は否認する。またその後被控訴人主張の物件を購入したことは知らない。

被控訴代理人の主張

一、財産分与請求権は慰藉料請求権とはその本質を異にし、離婚判決が確定し、その効力が生じたときにはじめて形成、実現される性質のものであるから、離婚判決確定前においては、財産分与請求権は債権者代位権・詐害行為取消権の被保全債権とはなり得ない。

二、仮に然らずとするも、前記第一審判決当時、江刺家広は旅館業を経営し、右営業による当時の年間の純益は金四五万円に達し、また当時は別紙第二目録記載の建物及び、これに備付の価格金一七一、六〇〇円相当の家具調度品、並びに価格金六〇万円相当の乗用自動車をも所有していた(しかも、その後価格金三八七、五〇〇円相当の旅館営業用の家具調度品を購入した)から、右広が別紙第一目録記載の宅地を被控訴人よりの借受金三五万円の譲渡担保に供した行為は、なんら控訴人を害する意思をもつてなされたものではない。

証拠として、被控訴代理人は乙第一号証を提出し、控訴代理人は右乙号証は不知と答えた。

理由

控訴人が昭和三三年一〇月、夫江刺家広を相手方として、青森地方裁判所八戸支部に対し離婚並びに財産分与請求の訴を提起し、翌三四年六月一日、同裁判所において、右当事者間の離婚、及び右広に対し財産分与として金一五〇万円の支払を命ずる旨の判決言渡があり、これに対し、右広において控訴を申立て、右訴訟が現に仙台高等裁判所に係属中であることは当事者間に争がない。

ところで、控訴人は本訴において、右判決で認容された財産分与請求権を保全するため、第一次的に、債権者代位権に基き、別紙第一目録記載の宅地に対する右広と被控訴人間の売買を原因とする所有権移転登記の抹消登記手続を、また予備的に、詐害行為取消権に基き、右売買行為の取消、並びに右移転登記の抹消登記手続を求めるけれども、財産分与の申立が離婚訴訟に附帯してなされた場合においては、その財産分与請求権はこれを認容する離婚判決が確定し、その効力が生じたとき、はじめて形成される性質のものであるから、本件の如くその第一審判決において離婚及び財産分与の請求が認容せられ、その権利発生の可能性が存する場合においても、当該訴訟が未だ上訴審に係属し、その判決が確定していない以上、法律制度上の抽象的財産分与請求権は発生したとしても、具体的財産分与請求権は未だ発生していないのであるから、このような抽象的権利関係を被保全債権とする債権者代位権及び詐害行為取消権の行使は許され得ないものといわなければならない。なぜならば債権者代位権及び詐害行為取消権の行使は債権行使の一形態であり、しかもそれが債務者以外の第三者にその効力の及ぶ場合であるからである。

控訴人は右財産分与請求権がたとえ未だ具体的な請求権とはなつていないとしても、既に分与請求の意思が表示された以上、その性質は普通の財産権と化している旨主張するけれども、前述の如く抽象的財産分与請求権は離婚を前提として発生するものではあるが、具体的財産分与請求権は当事者の協議が調うた場合以外は司法機関の判定の確定を待つてはじめて発生する性質のものであるから、たとえ配偶者の一方より分与請求の意思表示がなされたとしても、これだけで抽象的請求権が具体化され普通の債権と化するいわれがないから、控訴人の右主張の理由ないことは明らかである。

次に控訴人は離婚判決が確定してはじめて財産分与請求権が発生するものと解するときは、右請求権を被保全権利とする民事訴訟法上の保全処分はこれをなし得ないこととなるから、調停及び審判の場合と均衡を失し、不合理である旨主張するので案ずるに、債権者代位権及び詐害行為取消権の行使の性質は前述のとおりであり、この場合における被保全債権と一般権利確保の制度である民事訴訟法の保全処分の場合における被保全債権とは、ひとしく保全の権利ではあるが、その保全の要件として必ずしも同一でない。従つて前者の保全の要件を否定しても後者の保全の要件も否定すべきものとは必ずしもならないものと解するのを相当とするのみならず、調停及び審判で財産分与の申立をなした場合、これにつき仮の処分が許されることは家事審判規則第一三三条及び第五六条の二の規定により明らかであるが、右調停及び審判の場合における仮の処分には民事訴訟法上の仮処分の如く強制的な執行力を有するものでもないから、控訴人の右主張もまた採用に値しない。

最後に、控訴人は財産分与請求権の性格を前記の如く解するときは、離婚訴訟に附帯して慰藉料を請求した場合には、その保全行為をなしうるに反し、財産分与を申立てた場合には、これが保全をなし得ないという奇異な結果を招来する旨主張するので検討するに、離婚訴訟に附帯して慰藉料を請求した場合は、財産分与を申立てた場合とは異り、必要あらば、この請求権を被保全債権として債権者代位権や、詐害行為取消権を行使しまた民事訴訟法上の仮差押の申請をなすなど、保全行為をなしうることは右主張のとおりであるが、離婚の場合の有責配偶者の負担する慰藉料支払義務は、離婚自体の直接の効果ではなく、その離婚の原因となつた個々の事実が他の配偶者に対して精神的損害を与えたことより生ずるものであつて、右は一般不法行為に基くものにほかならないから、慰藉料請求権は財産分与請求権とその本質を異にするものというべく、従つてその保全行為に差異あることは当然であり、なんら奇とすべきものでないから、これをもつて前記財産分与請求権の性質に関する判断に誤りあるものとすることはできない。

以上のとおりだとすると、爾余の点につき判断を加えるまでもなく、控訴人の本訴請求は失当であるからこれを棄却すべく、これと同旨の原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないから、民事訴訟法第三八四条第九五条第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 村上武 裁判官 上野正秋 裁判官 鍬守正一)

第一目録

八戸市大字売市字右水門下七番一号

一、宅地 一〇五坪

第二目録

八戸市大字売市字右水門下水門七番一号

木造モルタル塗亜鉛メツキ銅板葺二階建旅館一棟

一、建坪 四〇坪一合九勺、二階三七坪五合

(右価格 一、五五三、八〇〇円)

右附属建物

木造鉄板葺物置 一棟

一、建坪 二〇坪

(右価格一〇〇、〇〇〇円)

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